VitaDAOへようこそ
老化克服や寿命延長を目的とした医薬品開発を自律分散型組織(decentralized autonomous organization, DAO)によって主導するVitaDAOについて日本の読者の方々にご紹介します。Wikipediaによれば、DAO とは、「中央集権的なリーダーシップが介在しないメンバー保有のコミュニティであり、DAOの金融取引記録やプログラムルールがブロックチェーンによって管理されている」と定義されています。
This article is presented as an introductory resource for existing and future Japanese members of the VitaDAO community. The discussion here is focused on introducing readers to current issues in the field of longevity research, the VitaDAO ecosystem, and how to get involved in the VitaDAO community. The discussion here is broad and readers are encouraged to check out the VitaDAO discord and VitaDAO website for more detailed information.
Introduction
VitaDAOはバイオテックの研究とブロックチェーンを組み合わせた、全く新しいタイプのサイエンスコミュニティです。中でもVitaDAOは老化克服や寿命延長を目的とした、longevity research(長寿研究)に特化しています。VitaDAOのミッションは、長寿研究を加速し、それによって人類の健康寿命や寿命そのものを延長することです。さらに、ブロックチェーン技術によって、ファンディングや研究データをデジタル化することで、このミッションをより効率的に追求しようとしています。
VitaDAOでは、知的財産(IP)の活用する権利を得る代わりに長寿研究に資金提供しています。このVitaDAOが保有している特許を将来的には製薬会社等へライセンスアウトすることで、そこで得られた利益によって更なる資金提供も可能になると考えています。
すでに10以上のプロジェクトに資金提供が開始され、投資総額も200万ドルを超えました。メンバーが議論しているDiscordアプリには5000人以上が参加するなどコミュニティも活発になっています。
この記事では、VitaDAOを多くの皆さんに知ってもらうためにVitaDAOが挑戦している課題、VitaDAOの解決策、現在のエコシステムについてご紹介したいと思います。
- これまでの長寿研究の課題
- VitaDAOのエコシステム
- VitaDAOに参加する方法
これまでの長寿研究の課題
VitaDAOは長寿研究のどのような課題に挑戦しているのでしょうか?
加齢に伴う様々な病気は多くの国で健康問題のみならず財政的な問題になっており、長寿研究は地球規模で重要なテーマになっています。すでに、人類にとって加齢は一種の病気であるという考え方も浸透し始めており、幹細胞やミトコンドリア、ゲノム編集などをターゲットにした研究開発が進んでいます。
しかし、多くの医薬品研究開発は、数億ドルにものぼる莫大なコストと効果検証のための長い月日が必要なため、大規模な研究所やビリオネアなどの大富豪などが加齢研究を中央集権的に管理している現状があります [DiMasi et al., 2016]。したがって、仮に老化を治療できる夢の薬ができたとしても、一部の富裕層にしか渡らずに、誰にとっても手頃な価格にはならないかもしれません。
歴史的に見ても、近年の医薬品開発は、製薬会社による独自の特許の保有によって、研究開発が一部の資金が豊富な研究所などに限られ、高額になった治療法には一部の限られた人しかアクセスできないという問題があります。これに対してVitaDAOは、長寿研究の支援をオープンで、共創的なコミュニティでシナジーを生み出すことでこの問題を解決するために組織されました。
バイオテックにおける新たなライセンスは近年、大学や研究所などのアカデミアから生まれてきたものも多く(2018年には最も販売された医薬品の半数以上がアカデミアから創出されました。[Haung et al., 2021])、アカデミアのシーズをバイオテック産業に生かす仕組みづくりがさらに進めば、研究開発のさらなる効率化が期待できます。
現在、アカデミアの研究シーズの多くはライセンス化されておらず、資金が注入されないため開発がそれ以上進められない、いわゆる「死の谷」が存在しています。VitaDAOでは、この早期の研究に投資を行うことで、オープンな研究開発を促進することを目指しています。
また、既存のVCとの違いや利点はどこにあるのか疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。VitaDAOのもう一つの特徴は、商業化まで時間のかかるような早期の技術にも投資できることです。通常のVCはファンドの運用期間が約10年間と決まっており、その期間内での投資回収を求められます。したがって、研究者がスタートアップを起業し、VCから資金を調達するには、10年以内に投資回収できるシナリオを示さなければなりません。しかし、バイオテックのベンチャーは臨床試験に時間がかかります。特に、長寿研究の成果検証には時間がかかることが想定されるため、10年間というVC側のファンド期限が大きなハードルとなり得ます。これに対しVitaDAOは、通常のVCのような時間制限が無いため、長期的な目線で投資を行うことが可能になります。
つまり、VitaDAOでは、①長寿研究によって得られる利益を一部の富裕層だけでなく、多くの人へ開放する、②アカデミアシーズの「死の谷」をオープンな共創によって解決する、③期限に縛られず長期的な投資を行うことを目指しているのです。
VitaDAOという自律分散型組織による解決策
VitaDAOはこれまで長寿研究が抱えていた課題の解決策として下記の3つを提案しています。
- IP-NFTsと呼ばれる知的財産(IP)のNFTによる運営費の管理と獲得
- Ocean marketplaceなどのようなデータ取引によるDAOの運営費の獲得
- VITAトークンによるVitaDAOのガバナンス参加
以下、順を追ってご紹介します。
NFTを活用した知的財産(IP)の運用
VitaDAOが提案しているNFTの使い方に知的財産権(Intellectural Property, IP)をDAOで活用するという方法があります。
VitaDAOでは研究プロジェクトへの出資条件として、プロジェクトで生み出されたIPをVitaDAOが保有することを求めています。またVitaDAOは、IPをNFT化したIP-NFTsを活用することで研究室のIPをブロックチェーン化します。このIP-NFTsを製薬会社などに貸し出したり、売買することで、売却益や取引手数料などを得る仕組みとなっています。かつて、通貨の概念で金本位制という仕組みがありましたが、VitaDAOはさながら「知財」本位制のような仕組みを目指しています。
データ資産の活用
VitaDAOが出資した研究で、DNA発現などの大規模な実験データが得られる場合もあります。このデータ自体もライセンス契約による貸出や売却をすることで、資産としての価値が出ることが期待されています。
VitaDAOはOcean Protocolが提供するOcean Data Marketというデータ取引のプラットフォームと提携しており、データを安全に販売やライセンス利用することができるようにしています。
VITAによるガバナンス
VitaDAOはVITAトークンを発行しており、ワーキンググループに参加しVitaDAOに貢献することでVITAトークンを獲得することができます。また、トークンを直接購入することもできます。トークンを保有しているメンバーはVitaDAOのいくつかの意思決定に参加することができます。
VITAトークンをもったメンバーは、
1. どのIPがDAOから資金提供を受けられるかの調査
2. プロジェクトの営利化の方法の決定
3. VitaDAOのガバナンス
4. 資金のマネジメント
などの意思決定に参加することができます。VITAの保有者が適切に参加することで、有望な研究開発が行われ、そこで得られたIPが適切に売り買いされることで、VitaDAOはその価値を高めていきます。このようにしてVitaDAOが持続的に成長していくことが可能となるのです。
VitaDAOは、これらIP-NFTs、データ資産、VITAトークンによって創薬研究への資金提供を持続的に行うためのシステムを作り上げているのです。
VitaDAOのチームと現在のエコシステム
VitaDAOの現在のチームはどのようになっているのでしょうか?
VitaDAOではすでに、900万ドルの資金を持ち、5000人以上のDiscordメンバーが活動しています。また、30以上のプロジェクトがすでに評価され、総額150万ドルの長寿研究へのファンディングが行われました。
ここではVitaDAOを支えるチームを、VitaDAOのワーキンググループと支援の仕組みなどの観点から紹介していきます。
ワーキンググループ
ファンディングを含めた活動や、データ資産の活用、IP-NFTsを活用を進めるために現在7つのワーキンググループ(WG)があり、それぞれVitaDAOを支える重要な役割をはたしています。
法制度: LEGAL
法制度WGでは、VitaDAOにおけるコミュニティと運用に関する法制度に関する理解を高めたり監督しています。法的観点からコミュニティのIPと資産を守りつつWeb3での法制度に関するトレンドを確立していきます。
広報: Awareness
広報WGでは、VitaDAOをさまざまなメディアを通じて持続的なコミュニティの成長のためにVitaDAOの認知を高める活動に専念しています。メンバーは、web3や老化研究者のコミュニティに目に留まるようなコンテンツの作成を担います。
長寿研究サポート: longevity
長寿研究WGでは、有望なシーズ研究を探し出し、評価します。メンバーは、アカデミックな研究者からシーズ募集し、ファンディングのためにプロジェクト提案、評価、モニタリングします。
DAOガバナンス: governance
ガバナンスWGでは、VitaDAOのコミュニティのガバナンスや意思決定に関するインフラストラクチャーを担当し改善します。メンバーは、コミュニティの透明性、インクルーシビティ、効率性を確立します。
コミュニティ運営: OPS
コミュニティ運営のWGでは、VitaDAOで現在進行形で進んでいる活動の計画、実行、モニタリングをサポートしています。メンバーは、マイルストーンをチェックし、効率性や、タスクのインセンティブを担当します。
技術: TECH
技術WGでは、コミュニティのための技術的な機能を開発したり、維持することを担当します。メンバーは、コミュニティのgithubアカウントなどのウェブサイト開発、スマートコントラクト開発、その他コミュニティの要望に技術的に対応することなどを担当します。
トークノミクス: TOKENOMICS
トークノミクスWGでは、トークンエコノミーの管理と生成を担当しています。メンバーは、コミュニティの目的に沿うような行動のインセンティブを最適化するために$VITAトークンのモニタリングを行っています。
すでに、VitaDAO公式アカウントは1万人以上のTwitterのフォロワーがおり、認知度も高まりつつあります。プロジェクトの支援も実際にはじまっており、多くの研究者との連携も活発になってきています。
研究者との連携
VitaDAOは、ステイクホルダーとしてのアカデミックの研究者たちと協力しながらファンディングを進めています。
2021年には、コアメンバーであるTyler GolatoがARDD 2021においてVitaDAOを紹介する[Meron et al., 2022]したり、定期的にYoutubeで研究者とディスカッションを行うなど連携を深めています。
2021年7月にはファンディングが開始され、最初にコペンハーゲン大学のScheiby-Knudsen准教授のグループの健康寿命を延ばす化合物候補を検証するプロジェクトに対して25万ドルのファンディングが行われました。ファンディングは、VitaDAOのメンバーの保有者の投票によって決まります。現在までに、60つのプロジェクトが検討され、10以上のプロジェクト(VDP-5, VDP-8, VDP-15, VDP-16など)への資金提供が行われました。
VDP-5 Scheibye-Knudsen Lab Funding Proposal
また、このファンディングではIP-NFTを介して契約が行われています。対応するIP-NFTをVitaDAOが保有する代わりに対象の研究室が支援を受けるようになっています。
👇 Scheiby-KnudsenグループとVitaDAOで交わされたIP-NFT
これらの意思決定やサービスを一つのDAOだけで開発するには多くのリソースが必要になるため他のDAOとの連携が活発になっています。VitaDAOにおいても、すでにIP-NFTのプロトコルを提供するMoleculeやDAO支援のツールを提供するPrimeDAOといったDAOとの連携が発表されており、今後も持続可能な組織運営になるように連携を進めています。
VitaDAOに参加する方法
現在、VitaDAOに参加する方法は3つあります。
①研究者としての参加
研究者のためのファンディングは随時受け付けています。
所属する組織との同意のもと、IPをVitaDAOが所有することと引き換えに、最大で3000万円(25万ドル)ほどの直接経費と10%ほどの間接経費が受けられます。
さらに長寿研究を行う人たちに見返りを求めない資金提供も行っています。研究するため、学会に参加するためやOn Deck Longevity Biotechのプログラムに参加するためなど多様な用途で利用が可能です。
②ワーキングメンバーとしての参加
先に述べたようにVitaDAOには複数のワーキンググループがあり、メンバーの募集を随時行っています。メンバーとして参加するためには、以下の手順に従ってDiscordアプリにご参加ください。
- Discordアプリをこちらからダウンロードしていただき、プロフィールを作成してください
- VitaDAOサーバーへご参加ください
- 自己紹介を「introductions」でお願いします。また日本語話者の場合は、「thread」ボタンをクリックしていただき、「japanese-chat thread」を開いてください。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
③支援者としての参加
さらに、VitaDAOを支援する方法はVITAトークンを購入したり、Discordアプリを通じて長寿研究のプロポーザルやVitaDAOの施策等について議論に参加するなどの方法もあります。またトークンの保有者はDAOで提起されたプロポーザルに意思決定(例えば特定の研究プロジェクトを支援するのに賛成か反対かなど)を下す権利も保有できます。
👉 VITAトークンの入手 (CowSwap)
他にもSNSやYoutubeなどから情報を随時更新していますのでぜひチェックいただきたいです。
SNS & Youtube
Twitterで活動しているメンバーたちもいます。ぜひフォローして日々の情報発信もチェックしてほしいです。
- 広報WG&日本広報担当: Ariella Coler-Reilly @AriellaStudies
- 広報WGのコア: Alex Dobrin @AlxDobrin
- 広報WG&日本広報担当: Hiroaki Hamada @HiroTHamadaJP
- 技術WGのヘッド: Sheridan, Audie @audieleon
- ガバナンスWGのヘッド: Beutel, Theodor @theobtl
- Moleculeの共同創業者&VitaDAOのコア: Paul Kohlhaas @paulkhls & Tyler Golato @GolatoTyler
VitaDAOはさまざまなDAOと連携するだけなく、さまざまな研究者たちと連携しつつ、ミッションを追求しています。
VitaDAOに興味がある方はぜひご連絡ください。
執筆者
濱田太陽 株式会社アラヤ、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)で神経科学者として活動。Consciousness Club Tokyoの主宰。研究テーマは好奇心の神経メカニズムの解明。また、web3を通じて、教育や科学のオルタナティブな方法を追求している。
Satoshi Hirano 日本の官民ファンドのINCJに勤務。長寿研究のバイオテクノロジーに強く関心がある。長寿研究に焦点を当てたMediumブログに公開している。ODLB2フェロー。
Ariella Coler-Reilly ワシントン大学セントルイス校のMD・PhDコースに在籍し、老化の遺伝学について研究。サイエンスライター、イラストレーターとして活動する傍ら、現在はVitaDAOブログのマネージングエディターとしても活動中。公共教育、多様性と包括性、科学とWeb3の横断に情熱を注いでいる。
参考文献
- DiMasi, J. A., Grabowski, H. G., & Hansen, R. W. (2016). Innovation in the pharmaceutical industry: New estimates of R&D costs. Journal of health economics, 47, 20–33. https://doi.org/10.1016/j.jhealeco.2016.01.012
- Huang, S., Siah, K.W., Vasileva, D. et al. (2021). Life sciences intellectual property licensing at the Massachusetts Institute of Technology. Nature Biotechnology. 39, 293–301. https://doi.org/10.1038/s41587-021-00843-5
- Meron, E., Thaysen, M., Angeli, S., Antebi, A., Barzilai, N., Baur, J. A., Bekker-Jensen, S., Birkisdottir, M., Bischof, E., Bruening, J., Brunet, A., Buchwalter, A., Cabreiro, F., Cai, S., Chen, B. H., Ermolaeva, M., Ewald, C. Y., Ferrucci, L., Florian, M. C., Fortney, K., … Scheibye-Knudsen, M. (2022). Meeting Report: Aging Research and Drug Discovery. Aging, 14(2), 530–543. https://doi.org/10.18632/aging.203859